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データ提供契約書について
近年におけるAI技術の発展に伴い、ビッグデータ等のさまざまな「データ」の重要性が高まってきています。自社のマーケティング活動や商品開発を目的にデータを取得するだけでなく、自社でデータを取得できない事業者に対してデータを提供する取引も、珍しいものでは無くなってきました。こうしたデータに関する企業取引のひとつに「データ提供契約」があります。
データ提供契約は今後さらに需要が高まっていくと予想されますが、現時点ではまだ締結実績少なく、「契約書をどう作成するべきか」と疑問に思うことが多いかもしれません。目に見える製品や商品といった有体物とは異なり、データは目に見えないものです。一般的な契約書とはまた違った留意点があるため、作成には注意が必要です。
こちらでは、「データ提供契約」の法的性質をもとに、データ提供契約書の作成における留意点やひな形、チェックするべきポイントをお伝えします。
- データ提供の方法としては、「譲渡」「利用許諾」「共同利用」の3つが考えられる
- 提供するデータに個人情報が含まれている場合は個人情報に関する規定も含めることが必要
- 提供するデータの保証や不正利用を防ぐための報告義務等についても規定し、事前にトラブルを予防することが重要
- 提供されるデータの利用の範囲を明確に定めておくことが重要
- 生み出された派生データの取扱いについて規定することが重要
- 提供データの品質について、保証の範囲を定めることが重要
データ提供契約書とは
データ提供契約とは、データを保持している「企業(データ提供者)」が、そのデータを必要としている「データ受領者」に対してデータを提供する際に、データ受領者の利用権限や提供条件等について取り決めるための契約のことをいいます。そして、その契約を締結する際に用いられるものが「データ提供契約書」です。
※この契約における「保持」とは、当事者のうちの「データ提供者」が、取引の対象となるデータを保持している状態(適法にデータへアクセスできる事実状態)について、当事者間で争いがない状態のことを意味しています。
契約書の作成にあたっては、目に見える有体物の取引(製造委託契約など)とは異なるため、「データをどのように定義するか」「データ提供が法的にどのように考えられるのか」など、法的性質を把握したうえで必要な条項を盛り込まなければなりません。
定義が曖昧であったり、法的性質を把握していないまま契約に至ると「想定していた範囲のデータ提供が受けられなかった」「重要な提供データを自由に利用されてしまった」などといったトラブルに発展する可能性があります。
トラブルとなり得る点については、契約書作成段階から当事者間で綿密に話し合いを行い、認識にズレがないように規定するとともに、「提供するデータの保証」や「不正利用を防ぐ義務」等の規定を検討し、事前にトラブルを予防することが重要といえます。
データ提供の法的性質について
経済産業省が発表したデータ取引に関するガイドライン(AI・データの利用に関する契約ガイドライン)では、「データ提供」の法的性質を3つの類型として整理しています。データ提供契約を締結する際は、以下の中から最適な類型を採用することが可能です。
1.譲渡
データの譲渡とは、「データ提供者が保持するデータについて、データの利用をコントロールできる地位を含む当該データに関する一切の権限をデータ受領者に与え、データ提供者は当該データに関する一切の権限を有さない」類型のことを意味します。
「譲渡」と聞けば、「所有権の移転」という意味として捉えることが一般的ですが、データは目に見えない無体物であるため、民法上の所有権の対象とはなりません。取引対象となるデータに著作権などの知的財産権が成立している場合には、データ受領者へ知的財産権についても譲渡することとなります。
「データを記録した媒体をデータ受領者へ引き渡し、データ提供者が当該データ消去する」「第三者のサーバ上にあるデータのアクセス権をデータ受領者に付与し、データ提供者がアクセス権を消失する」といった契約が該当します。
2.ライセンス(利用許諾)
データのライセンス(利用許諾)とは、「データ提供者が保持するデータについて、一定の範囲の利用権限をデータ受領者に与えるが、データ提供者も当該データの全ての利用権限を失うものではない」類型のことを意味します。
データは民法上で所有権の対象とはならないため、提供データを利用するライセンスの境界が曖昧になるケースも多いと考えられます。この類型の契約書を作成する際は、契約が「利用許諾であること」の規定に加えて、「データ受領者にライセンスの権利を独占する(非独占する)」「契約終了後にデータ受領者に当該データの消去義務を定める」などを規定することが望ましいでしょう。
3.共同利用(相互利用許諾)
データの共同利用(相互利用許諾)とは、「契約の当事者一方(甲)が保持するデータの利用権限の全部または一部をもう一方(乙)に与えるとともに、乙が保持するデータについても同様に甲に与える」といった類型のことを意味します。
この類型では、当事者それぞれが「保持しているデータ」と「相手方から与えられるデータ」の両方を利用できることが特徴で、契約当事者が3人以上になるケースも同様です。
ただし、当事者双方が相手方のデータの利用権限を持つことから、「どちらの権限を持つデータなのか混在してしまう」といったトラブルが起こる可能性があります。契約書を作成する際は、「データ分別における管理方法」「データへアクセスできる従業員を限定する」などを規定することが重要といえます。
4.その他
ところで、データの中身にも注意を払う必要があります。例えば、個人情報に関するものであれば、個人情報保護法を順守しているデータであるかを確認しておく必要があります。以前、内定辞退予測をある企業が販売していたことがニュースとなりました。提供した側だけでなく、提供を受けている側も大きな問題となったこともありました。
データ提供契約書のサンプルひな形や弁護士にサポートできること
データ提供契約書のチェックポイントを解説
データ提供契約書の作成は、一般的な有体物(目に見える製品、制作物等)に関する契約とは異なり、特有の条項が必要となります。契約書作成のときに留意するべきチェックポイントは次のとおりです。
対象となるデータの特定を特定できているか
データ提供契約において、まず始めに「取引の対象となるデータをどのように定義するか」という問題があります。具体的な内容を特定していないと、「データ受領者が必要としていたデータを提供してもらえなかった」「想定していた以上のデータ提出を求められた」などのように、当事者間の認識のズレ等によりトラブルに発展する可能性があります。
契約書には、取引するデータがどのような方法で取得されたか、データの項目やデータ数などを明確に特定する必要があります。
また、データの提供手段(メール添付、第三者のサーバへのアクセス権限の付与)についても合意できる方法に規定しておくことが望ましいといえます。データ変換にかかる手間やミス等を防止できるため、当事者双方に利点があります。
派生データに関する利用権限を定めているか
派生データとは、データ受領者が契約の範囲内で提供データを利用する(加工・分析・統合等)によって生じるデータのことをいいます。データは民法上所有権の対象とはならないため、契約に制限がない限り「データ受領者は派生データの利用が可能」となります。
しかし、派生データにはデータ提供者によって加工・分析等によって生じたデータが含まれることもあるため、データ提供者が受領者に対して派生データの利用を制限する必要性が出てくるケースもあります。契約書には、生み出された派生データを「どの範囲や目的で利用するか」「対価がいくら生じるか」などを明示しておくことが重要です。
なお、利用権限については、データ提供者が独占、あるいは非独占に許諾するケースの他に、両者が利用権限を持つことや、協議によって定める旨を記載することも可能です。
提供データによって創出した知的財産権の帰属が明確であるか
データ受領者による提供データの利用によって、発明や創作等の「知的財産権」が生み出されることがあります。知的財産権は、一般的にデータ受領者に帰属するケースが多いと考えられますが、派生データと同様、データ提供者のデータを利用したうえでの創出となるため、データ提供者が知的財産権の帰属や持ち分などを求めるケースも少なくありません。
契約書には、生み出された知的財産権が「当事者のどちらに帰属するのか」「対価が生じるか否か」など、双方が合意する規定を定めておく必要があります。本契約においては、知的財産権は「データ受領者に帰属すると」整理されていますが、取引内容に応じて当事者間で自由に決定することが可能です。
なかでも、提供データの著作権を共有する場合は注意すべきといえます。著作権の利用には全ての著作権者の同意が求められるため、利用が制約されることがあります。著作権の帰属については慎重に判断することが大切です。
提供データの品質における保証範囲を定めているか
データ提供契約では、提要されたデータが「正確性に欠けている」「データに欠損がある」にような品質の問題によって、データ受領者が契約の目的を達成できないといったトラブルが起こることがあります。
こうしたトラブルに備えて、「提供データの品質」に何らかの問題がある場合には、「当事者のどちらがどの範囲で責任を負うのか」を明記しておくことが重要です。契約書には、提供するデータの性質や内容、契約の目的に応じて保証範囲を明示しましょう。
具体的には、提供データの取得方法の適法性・適切性、データの正確性などが挙げられます。なお、データ提供者は品質保証に関する法的責任を軽減するという観点から、免責規定や損害賠償の範囲の上限を設けるケースもあります。
提供データの目的外利用・第三者提供の制限を設けているか
データ提供者は、データ受領者による不正利用を防ぐために、契約で定められた目的の範囲を超えてデータを利用、あるいは第三者提供を限定的に制限することが重要です。
通常、データ受領者が提供データを目的以外の用途で利用する場合や、契約当事者以外の第三者に開示・流通させたいという場合には、データ受領者がデータ提供者に対して事前報告をしてから、同意するかどうかを判断する旨の条項を記載します。
こうした制限条項を設けることで、データ受領者による自由な目的外利用や、第三者提供を防いでデータ提供者のデータ保護に繫がります。
一方、データ受領者は、提供データの目的を限定的に規定すると、ビジネスにおける利用範囲が制限されてしまいます。契約の目的を達成できる範囲の利用ができるよう、提供データの利用目的を柔軟に規定することを検討しましょう。