残業代(固定残業代)
未払いの残業代を請求された場合の対応
労働者による残業代請求は、弁護士への相談が多いトラブルのひとつです。訴訟になった場合、会社側が敗訴するケースも少なくないため、早期の対応が極めて重要といえます。損害賠償請求や企業イメージの低下といった被害を最小限に抑えるためには、法令のもと適切かつ迅速な対応が求められるでしょう。本ページでは、未払いの残業代を請求された場合の対応や、法律上の反論ポイントなどを弁護士が解説します。
もし労働者から残業代を請求されたら?
近年ニュースなどでよく耳にする、未払い残業代の請求をめぐるトラブル。厚生労働省が発表した平成30年の「監督指導による賃金不払残業の是正結果」では、全国で是正された企業は1768企業に及び、支払われた残業代の合計金額は124億4,883万円でした。在職中の労働者だけでなく、退職した労働者から請求されることもあり、裁判で会社側が敗訴するケースも珍しくありません。
正しい残業代が支払えていない場合は法令違反にあたるほか、トラブルが表に出れば、企業イメージの低下、他の労働者による残業代請求がなされるリスクもあります。問題が肥大化する前に、一刻も早くトラブルを終結させることが重要です。
労働者から残業代を請求された際は、専門家である弁護士の助言を仰いだうえで、速やかに対応しましょう。放置したり、未払い残業代を支払わなかったりすると、企業側に大きな損失が生じる可能性があります。
では、実際に労働者から残業代請求がなされた場合、どのような対応をすればよいのでしょうか。残業代請求によるトラブルや反論ポイント、対策などを解説します。
残業代の基礎知識
労働基準法では、労働時間は原則として1日8時間・1週40時間以内と定めています。これを「法定労働時間」といいます。法定労働時間を超えた場合は「時間外労働」となり、企業は労働者に対して残業代を支払わなければなりません。
また、2019年4月から始まった働き方改革により、新たに「時間外労働の上限規制」が設けれています。時間外労働の上限は原則として月45時間・年360時間となり、臨時的な特別の事情がなければ、これを超えることができなくなります。臨時的な特別の事情があって労使間で36協定を結んでいる場合(特別条項)であっても、以下の基準を守る必要があります。
- 時間外労働が年720時間以内
- 時間外労働と休日労働の合計が月100時間未満
- 時間外労働と休日労働の合計について、「2か月平均」「3か月平均」「4か月平均」「5か月平均」「6か月平均」が全て1月当たり80時間以内
- 時間外労働が月45時間を超えることができるのは、年6か月が限度
これらを超えて働かせることは法律違反となり、違反した場合には6ヵ月以下の懲役、または30万円以下の罰金が科せられるおそれがあるため、注意が必要です。
割増賃金の割合・基礎となる賃金とは?
企業は、労働者に時間外労働、休日労働、深夜労働を行わせた場合には、法令で定める割増率以上の率で算定した割増賃金を支払わなければなりません。
法令で定められている割増賃金率は、以下のようになります。
- 時間外労働:2割5分以上(1ヶ月60時間を超える時間外労働は5割以上)
- 休日労働:3割5分以上
- 深夜労働:2割5分以上
割増賃金の基礎となるのは、所定労働時間の労働に対する「1時間あたりの賃金」となります。たとえば月給制の場合は、月給を1ヶ月の所定労働時間で割った金額が、基礎賃金となります。
基本給はもちろん、役職手当や資格手当、皆勤手当、危険手当なども基礎賃金に含まれます。ただし、通勤手当や住宅手当などは個人的事情に基づいて支給されていることなどにより、基礎となる賃金から除外することが一般的です。
未払い残業代請求のトラブルが起きやすいケース
以下のようなケースでは、労働者から未払い残業代を請求されるトラブルが多く見られます。
労働時間を把握するのが困難な職種である
厚生労働省では、企業には労働時間を適正に把握する責務があるとしています。したがって、タイムカードやPCの使用時間などの客観的な記録を用いて、労働者の労働時間を把握・記録する必要がありますが、職種によっては実際の労働時間を正しく把握することが難しいケースがあります。
とくに、外回りが多い営業職などは管理者の目が行き届きにくく、商談などお客様の都合によって時間外労働や持ち帰り残業が発生しやすい状況といえます。休日や深夜勤務などの労働時間を正しく把握できておらず、突然未払いの残業代を請求されることもあります。
また、固定残業代(みなし残業)制度を導入していても、固定残業代に対する労働時間・残業代の金額が実際の残業時間とかけ離れている場合は、労働者の不満につながるリスクがあるため注意しなければなりません。みなし労働時間を設定する際は、業務内容や負担を考えたうえでよく検討することが重要です。
固定残業制(みなし残業制)を採用している
固定残業制は、実際に残業したか否かにかかわらず、毎月、一定時間の残業等(時間外・深夜・休日労働など)の割増賃金を支払うものを指します。残業代は固定給に含めて支払われるため、給与計算の手間を削減できるメリットがあります。
ただし、労働者が固定残業制について認識しておらず、就業規則等に記載がない場合は、「残業代を支払ってもらえていない」として企業に請求がなされる可能性があります。基本給と固定残業代を明確に区分していなければ、固定残業制として認められない可能性があるため注意せねばなりません。
また、実際の労働時間が想定していた残業時間を超えた場合には、その超過分について別途割増賃金を支払う必要があります。固定残業代に含まれる労働時間や、金額の計算方法についても就業規則等に明示する必要があります。
裁量労働制を採用している
裁量労働制とは、あらかじめ労働時間(みなし労働時間)を決めて、働く時間を労働者の裁量に委ねる制度です。たとえば、「1日8時間」をみなし労働時間と設定した場合は、実際に労働時間が6時間や10時間であっても、労働時間を8時間として算定される仕組みとなっています。
ただし、この制度を採用できるのは、専門業務、企画業務を行うの一部の職種に限られており、導入するには一定の要件を満たす必要があります。裁量労働制の導入条件を満たしていない場合は、労使間の合意があったとしても適用が認められるわけではないため、のちに労働者とトラブルに発展するケースも見受けられます。
また、裁量労働制が認められる場合であっても、みなし労働が法定労働時間を超える場合には残業代が発生します。労働時間が深夜に及んだ場合には、別途割増賃金を支払う必要があるため注意しましょう。
残業代請求を受けた際の企業側のリスク
労働者から残業代を請求されると、会社側にさまざまな影響が及びます。請求があったにも関わらず放置していると問題が肥大化する恐れがあるため、早期の対応が重要です。
労働基準監督署から指導を受ける
残業代の未払いが発覚すると、労働基準監督署から是正勧告がなされる可能性があります。労働基準監督署の調査は、労働者による申告で実施されることが多く、是正に応じなければ罰金などの罰則を受けることもあります。労働基準監督署の指導に適切に対応するには、法的知識を持った弁護士に助言を仰ぐことが望ましいでしょう。
裁判を起される
労働者から労働審判や裁判を起された場合は、会社側が不利な立場に立たされるおそれがあります。残業代未払いの事実が認められる場合は、残業代の支払だけでなく、付加金や遅延損害金の支払が求められる場合もあるため、企業への損失は大きくなります。裁判などの法的措置に移行する前に、早期解決することが得策です。
他の労働者に波及する可能性が高まる
1度未払い残業代の請求が認められると、他の労働者も同様に請求してくる可能性が高まります。数が大きくなるにしたがって請求金額は多額になるため、数千万円規模の支払いが必要となる可能性もあります。他の労働者への波及を防ぐためには、1人から残業代請求がなされた段階で、賃金制度や労務管理、就業規則等への明記等の対応を見直す必要があります。
企業のイメージ低下を招く
未払い残業代の事実が公表されれば、企業イメージが下がることは避けられません。世間からブラック企業として認知されると、人材採用に影響を及ぼすほか、取引先や顧客の信頼を失う可能性があります。企業の業績悪化にもつながるおそれもあるため、軽視してはいけません。
残業代を請求されたときの反論ポイント
未払い残業代を請求されたとき、まずはその事実を確認することが重要です。未払い残業代がないと判断される場合は、安易に和解金を支払う必要はありません。会社側の反論ポイントには以下が挙げられます。
時効が成立している
賃金請求権の消滅時効期間は民法改正に伴い、2020年4月1日から5年に延長されました(経過措置として当面は3年)。そのため、過去5年よりも前の残業代については請求に応じる義務はありません。時効の成立を主張することで、残業代の支払額を減らせる可能性が高くなります。
労働時間が事実と異なる
労働者が主張する残業時間は、必ずしも正しいとは限りません。労働時間は、「企業の指揮命令下に置かれていたか」という点が判断のポイントとなるため、次のようなケースでは残業代が発生していない、あるいは請求額の減額を主張できる場合があります。
- 企業が残業を禁止していた
- 外出中の労働者に携帯電話などで具体的な指示をしていなかった
- タイムカードの打刻漏れやミスが発生していた
- 労働時間とは別に、休憩時間や待ち時間、仮眠時間等が発生していた
労働時間については、企業がタイムカードやPCへの記録等で管理していることが一般的です。労働者が主張する労働時間が、企業が記録しているものと異なる場合は、修正を求める必要があります。
残業代が不要になる勤務形態や役職
労働基準法では、労働者が「管理監督者」に該当する場合は、労働時間・休日などの規制が適用されないと定めており、「管理監督者」には残業代を支払う必要はありません。未払いの残業代請求をめぐる労使トラブルでは、この「管理監督者かどうか」という点が争点になることも少なくありません。
ただし、管理者や店長などの役職に就いているからといって、必ずしも労働基準法上の管理監督者に該当するとは限りません。実際の職務内容や責任、権限などの実態によって判断されることとなります。
また、固定残業代などの「みなし労働時間制」を採用している場合は、「必要な残業代をすでに支払っている」と反論できる場合があります。ただし、みなし残業時間を超えた部分については残業代を支払う必要があるため注意しましょう。
残業代を請求された場合の対処法
労働者から未払い残業代を請求された場合の、基本的な対処方法は以下となります。
1. 事実の確認
まずは労働者からの主張が正しいものかどうか、残業代の有無を確認します。会社が管理している当該労働者の労働時間と労働者が主張する労働時間について確認をする必要があります。
また、固定残業代を導入している場合には、次の4点に該当しているか確認しましょう。
- 就業規則等にみなし残業時間と残業代は規定されているか
- みなし残業時間を超えた残業代を支払っているか
- 固定残業代の一時間当たりの賃金が最低賃金を超えているか
- 固定残業時間制度の導入の際に、労働者に周知・説明を行ったか
これらに該当しない場合は、企業に残業代の支払が求められる可能性があります。いずれも事実の認定や法的解釈は困難なものが多いため、早期に弁護士に相談することが得策です。
2. 未払い残業代があった場合は、和解交渉を進める
タイムカードの調査などによって、残業の事実が認められる場合には、未払いの残業代の支払を検討します。この際、上述した反論ポイントを考慮して、企業にとって不当に不利な内容にならないよう、労働者と交渉のうえ未払いの残業代の支払金額を決定します。
労働審判や訴訟を申し立てられると紛争が長期化するおそれもあるため、話し合いによって解決を図ることがベターです。いずれにしても、未払い残業代の金額については、状況に応じて的確な判断が求められます。負担を最小限に抑えるためにも、弁護士へ相談し、適切な対応をとることが重要です。
3. 賃金制度や労働時間管理体制を見直す
未払い残業代の請求が認められると、他の労働者から追加の残業代を請求されるおそれがあります。他の労働者への波及を最小限に抑えるには、残業代を請求されたときに放置するのではなく、速やかに現在の労務管理体制や賃金制度を見直すことが重要です。
固定残業制や裁量労働制を採用している職場は、各賃金制度の要件をきちんと満たしているか、法令に基づいて就業規則等を整備しましょう。また、労使間で認識に齟齬が生じないよう、雇用時にはきちんと就業規則等について周知し、労働者の同意を得ておかなければなりません。労務管理・賃金制度の見直しには、法的知識はもちろん、個別の状況に即した対応が必要になるため、ぜひ労務問題に強い弁護士にご相談ください。
残業代(固定残業代)のまとめ
労働者から未払いの残業代を請求をされた場合は、なるべく早い段階で対応することが重要です。労働者が弁護士へ相談したり、団結してユニオン等の団体交渉として発展してくると、企業側は多くのリスクを負う可能性があります。金銭的なリスクはもちろんですが、企業イメージ低下により、取引先との関係悪化や入社希望者の減少など、副次的なリスクも内包しています。また、未払い残業代請求を防ぐためには、日頃から労働者の労務管理を徹底することも重要です。これらをしっかりと管理しておくことで、万一訴訟等になった場合に重要な証拠となります。労働者から残業代請求がなされた場合は、なるべく早く弁護士へ相談しましょう。