定年退職後の労働条件の定め方
平成25年4月からの年金支給開始年齢引き上げにともない、定年後原則として希望者全員の再雇用を企業に義務付けられるようになりました。従業員が定年退職後も引き続いて雇用されるに当たり、その賃金が引き下げられる場合が多いことは一般的となっています。しかしながら、定年退職以前の労働条件(主として給与条件)を再雇用時に単純に引き下げてしまうと、会社と労働者とのあいだで争いがおこることがあります。この記事では定年退職後の労働条件の定め方についてご紹介します。
定年後の労働条件を引き下げることは違法か
原則として、定年後の再雇用の際の労働条件について変更すること給与を引き下げることじたいは違法とはなりません。
定年後の再雇用は昔からありましたし、嘱託社員と言った形で再雇用しているところは多かったのではないでしょうか。ただ、定年後の再雇用が問題となったのは、平成25年4月に法改正となった「高年齢者雇用安定法」により、65歳未満の定年制度のある会社に対して下記の措置を義務付けられるようになった(同法9条参照)ことや「同一労働同一賃金」が叫ばれるようになったころに最高裁判所の判断が出たこと等によります。
1 当該定年の引上げ
2 継続雇用制度(現に雇用している高年齢者が希望するときは、当該高年齢者をその定年後も引き続いて雇用する制度をいう。)の導入
3 当該定年の定めの廃止
定年後の再雇用は、バブル期においては必要かつ合理的でした。つまり、夫または妻のどちらか一方が、一生同じ会社に勤め一生懸命働く(若い時は働いている分に比して安い給与であるが勤続年数が増えれば給料が増える)その代わり、会社も一生を保証して年功序列で賃金を上げ、定年の際に退職金も一定の金額を出すという構造でしたから、再雇用は、定年時には働き分よりも高く支払っていた給与を下げる必要がありました。会社にとって定年制度は、上昇し続けて高額となった高年齢層に対して支払う賃金コストを抑制するためにも必要でした。
ところが、バブル崩壊し20年、社会構造は大きく変化しました。どちらか一方が一生懸命働けば並みの生活ができるというのは昔話となりました。労働市場は流動化し、海外からも有能な人材を確保する必要があります。そうすると、今は働きのわりに給与を抑える代わりに将来給与をあげるから我慢してという年功序列による人事制度では、太刀打ちできません。
政府が進める働き方改革、様々な法改正に対応する必要があります。しかし、そもそもお上が言うから仕方なく対応しなければ、とった悠長なことを言っている場合ではなくなっています。昨今の動きは、民間企業の人事制度改革のスピードがあまりに遅すぎて、世界の潮流についていけなくなり、日本の民間企業の存続が危なくなっているという警告だと捉えるべきです。話をもどします。
定年後の労働条件:再雇用の際の契約形態について
少し触れたとおり、定年後の労働条件が問題となるのは定年制がある会社で定年が65歳未満の会社である場合です(高年齢者雇用安定法9条)。定年制を撤廃している会社では、定年退職後の労働条件については問題とはなりません。
定年を60歳としているような会社では、1年ごとの有期雇用とすることが多く見かけられます。
このように定年制を設けて一旦雇用契約を終了させ、その後再雇用契約を結ぶのは、労働法上、労働条件を不利益に変更するためにはさまざまな制約があります。
また、無期雇用ではなく有期雇用とするのは、無期雇用の場合に雇用関係を終了させることに対し、前記と同様に制限が多いからです。
再雇用時の労働条件(給与条件)引き下げが違法となる場合
再雇用時に労働条件を変更し給与を引き下げることじたいは違法とはならないことは前に説明したとおりです。
しかし、定年後に有期雇用する場合には、原則として「労働契約法20条」が適用となります。
その際、無期雇用の労働者の労働条件と相違が不合理なものとするは避けなければなりません
どういった場合に、相違が不合理として違法となるかについては、「新入社員の労働条件」が一つの基準となります。つまり、新入社員としてなんらの仕事も出来ないばかりか社会常識を教えなくてはならない人と比べて、再雇用時の給与条件が新入社員の給与条件を下回る場合には不合理な賃金差別となりうるということです。もっとも、昨今では、幹部候補新入社員として年収1000万円近い給与で採用されるなど様々な事案がありますので一概には言えません。あくまで、一つの基準程度です。
簡単に言うと、新入社員の給与水準が比較対象となりうるのは、定年を迎えると一旦会社との雇用関係が終了し、法的評価としては再雇用契約により新たに入社することとなるためです。
上記見解を示した有名な裁判例としては、平成28年5月13日東京地方裁判所の判決があります。この裁判例では、会社は「定年退職者を再雇用して正社員と同じ業務に従事させるほうが、新規に正社員を雇用するよりも賃金コストを抑えることができるということになるから、被告における定年後再雇用制度は、賃金コスト圧縮の手段としての側面を有していると評価されてもやむを得ないものというべき」とし、会社の給与水準の引き下げについて合理性を欠くと判断しています。
この裁判例は、定年退職後の労働条件の定め方について重要な指針を示す判例であるため、次項にてもう少し詳しく触れることとします。
再雇用時の労働条件引き下げが違法とした裁判例について
まず、平成28年5月13日東京地方裁判所判決の例では、「一般に、従業員が定年退職後も引き続いて雇用されるに当たり、その賃金が引き下げられる場合が多いことは、公知の事実であるといって差し支えない。」と説示するとおり、労働条件の引き下げそのものを違法とは判断していません。以下、本件裁判例を引用しつつ違法となる場合について解説いたします。
同様の趣旨で「賃金コストの無制限な増大を回避しつつ定年到達者の雇用を確保するため、定年後継続雇用者の賃金を定年前から引き下げることそれ自体には合理性が認められるというべきである。」とも付け加えています。
また、裁判所は、「本件有期労働契約は、期間の定めのある労働契約であるところ、その内容である賃金の定めは、正社員の労働契約の内容である賃金の定めと相違しているから、本件有期労働契約には、労働契約法20条の規定が適用される」と判断しています。
労働契約法20条の適用となるため、「有期契約労働者と無期契約労働者との間の労働条件の相違が不合理なものと認められるか否かの考慮要素」は「①職務の内容、②当該職務の内容及び配置の変更の範囲のほか、③その他の事情
の三要素であるとしています。
つまり、定年前の労働内容と実質的に同様な内容の労働内容である際に、新入社員の給与水準(その会社で最も低い正社員の給与水準)よりも再雇用時の給与水準が低い場合に違法と判断される可能性があります。
「再雇用」であることを理由に差を設けることが正当と認められるか
前出の裁判例においては、会社は、「定年後の再雇用であることを理由に、正社員との間で労働条件の相違を設けているのであって、期間の定めがあることを理由として労働条件の相違を設けているわけではない」と主張しました。
しかし、そのような主張は認められず再雇用時の有期雇用における労働条件を正社員と差を設けることは不合理であると判断されています。
いずれにしても、再雇用時の引き下げが違法と判断される労働契約法20条の適用基準については、契約期間の差異によるということです。
継続雇用後の労働条件を無効とされないための会社の対策
会社には定年を迎えた労働者を65歳まで継続して雇用する義務がありますが、継続雇用後の労働条件を無効とされない必要があります。
継続雇用することは、会社にとって賃金コストが無制限にかかる危険を抱えることとなるため、定年後の再雇用の契約形態は有期雇用とするのが一般的です。
また、この記事で取り上げた裁判例の判旨に示されているとおり、定年前より賃金条件を引き下げることは、合理性のあるものとして一般的に肯定されています。再雇用となる場合には、それまで何十年と勤務していた場合でも、法的には新入社員と同一視されます。
そのため、会社としては定年前と同様の業務に従事させる場合には、少なくとも他の新入社員(新卒で入社した社員)を上回る給与水準を参考にしてください。
また、同一労働同一賃金を考慮して、定年後の再雇用によって、仕事の内容・権限が如何に変わったのかがもっとも重要です。阿吽の呼吸でやるのではなく、社内規定を整備して、労働条件通知書を出し、再雇用される人だけでなく、社員全員が理解している状況を作ることが大切です。
そしてなによりも、労働力不足が叫ばれる中、定年まで働いてくれた人が会社に残ってくれることは大切でしょう。いかに残ってくれる環境を作るかが大切ではないでしょうか。
まとめ
年金支給開始年齢の引き上げに伴い、会社は65歳未満の定年退職者について希望がある場合には継続雇用する必要がでてきました。また、会社としても、残って欲しいという考えもあるのでしょうか。この際、それまでの給与よりも引き下げることが一般的ですが、給与水準の最も低い正社員よりも低くすると違法と評価される場合があります。また、そもそもの社内規定の見直しが必須です。疑問・不安に感じた場合には弁護士に相談すると良いでしょう。