求人票に記載された労働条件の拘束力はどこまである?
どこの業界も人手不足が深刻で、出来るだけ早くかつ良い人材を確保したいと考えていることでしょう。こうした中で、労働条件をどのように求人票へ記載するかは悩みの種かもしれません。人を集めるには労働条件の見栄え良くする必要がある一方で、実際の状況を反映させて記載すると「人が集まらない」といった現実があります。この記事ではこうした求人票に記載された労働条件の拘束力は、一体どこまであるかについてご説明いたします。
求人票記載の労働条件の拘束力
まず求人票の法的な位置づけについて簡単にご説明いたします。
求人票(求人広告)の法的な位置づけとは、企業から労働者に対して、自社へ応募するように働きかける「申し込みの勧誘」の意味があります。
他方で一般的な商品の「広告」においては、商品広告は消費者に購買を促す目的で「申し込みの勧誘」していることから、この「申し込みの勧誘」の面では求人広告も商品の広告も同様です。
商品広告の場合には消費者保護の目的等を理由に、原則として、広告内容と実際に提供される商品やサービスの内容について、実際よりも優良であると表示して誤認を与える行為について法律上禁止されています(景品表示法5条等参照)。
それでは、労働者を勧誘する求人票(求人広告)も記載した労働条件と、実際に応募があった場合に提示する労働条件とが一致することが求められているのでしょうか。必ずしもそうではありません。
雇用契約における労働条件の内容は、原則的には雇用契約締結時に説明した内容となります。また、裁判例(八洲測量事件 東京高裁判決昭和58年12月19日)や一般的な理解によると、求人表に記載された労働条件は、上記に説明したように、「申し込みの勧誘」に過ぎないため、自動的に雇用契約の内容となるわけではないとされています。
なお、上記に記載した八洲測量事件では「求人票に記載された基本給額は「見込額」であり、<略>最低額の支給を保障したわけではなく、将来入社時までに確定されることが予定された目標としての額であると解すべきである」と判示されており、実際の賃金の額は入社時までに決定・提示されるべきものとして求人票と入社時の労働条件の一致について否定されています。
だからといって、求人票に記載された労働条件とあまりにかけ離れた内容で実際の雇用契約を結んだ場合、将来的に従業員とのトラブルの基となる可能性があるため、そのような記載は避けるのが望ましいでしょう。
ものは言い方です。どのような条件であっても、いかなる角度から見てもマイナスとしかとらえられないものは少ないと思います。良い様に解釈してもらえるように記載するのは大切です。
そもそも労働条件とは?労働条件明示の義務
求人票で応募してきた応募者に採用面接などを行い、実際に雇用契約を締結しようとする場合には、企業は必ず労働条件を明示する義務があります。その理由は労働者保護の目的があり、労働者自身がどのような条件で雇用されているのかについて、労働者が理解するためです。
労働条件とは、企業が労働者に明示しなければならない雇用契約の期間、就業場所、賃金、始業時間や終業時間などの諸条件をいいます。労働者保護の点から労働基準法及び同施行規則にて企業が明示する義務のある労働条件の内容について規定されています(労働基準法15条1項、労働基準法施行規則5条1項)。
労働条件が求人票と異なる場合のリスク
求人票の記載内容が応募者を雇用する際の労働条件と異なる場合、リスクはどの程度あるのでしょうか。
先ほど「求人票に記載された労働条件が必ずしも雇用契約時の労働条件として拘束されるわけではない」といった趣旨の説明をいたしました。
しかし、そうはいっても応募と実際の条件が異なれば、問題となり得ます。主に、次の2つでしょう。
1 ハローワークに求人票を出しハローワークから応募があった場合
2 その他求人広告に掲載した求人票と実際の条件が異なる
3 採用時の労働条件の説明が不十分であったため、求人票とおりの条件と勘違いしている場合
①については、ハローワークについては、原則的に、求人票に記載された労働条件と入社時の労働条件が一致することが求められます。ハローワークを通じて雇用する場合には、通常の求人票の場合と異なり、求人票の労働条件を当然に前提としていると考えられることから、リスクがあります。
②と③については、原則的には求人票の労働条件と雇用の際の労働条件の一致は求められないといった前提がありつつも、企業が行うべき労働条件の明示を適切におこなわなかった際には訴訟リスクとして損害賠償の請求を受けるときがあります。
しかしながら、上記訴訟リスク以前に昨今はSNSで情報拡散の恐れがあることから、実際には応募者を雇用する際の労働条件を、求人票に記載した内容と乖離させることは困難でしょう。
結局、人が集まらないという事態になってしまうからです。
ハローワークの求人票と異なる労働条件の場合
過去の裁判例によると、ハローワークに求人票を提出してハローワークの紹介により雇用した場合には、求人票記載の労働条件に拘束されると判断されたものがあります。
その他の裁判例として、「ありもしない好条件をちらつかせて労働者を勧誘し、実際には劣悪な労働条件を労働者に強いるというような弊害を除去するためと解されること、又求人者が求人票に労働条件を明示する際、それが契約内容となることを当然の前提としているし、求職者も求人票の記載がそのまま雇用契約の内容となることを前提にしてそれを最も重要な資料としてどの企業に応募するか決定していること」(千代田工業事件 大阪地裁判決 昭和58年12月19日)と判示されています。
求人媒体に求人票を出す場合は、企業側としては費用をかけず人材を集めたいと考え、ハローワークに求人を出すことが多いです。
しかしながら、上記のとおりハローワークに求人を掲載すると、他の媒体に掲載する場合などとことなり、労働条件が記載内容に拘束される場合があります。
採用時の労働条件の説明が不十分だったとき
ウェブ上や様々な求人媒体に掲載された求人票から実際に応募があった場合、その際の労働条件の説明が不適切なときには、損害賠償の請求を受ける可能性があります。
企業には労働者と雇用契約を締結する際に、必ず労働条件を明示する義務があります。他方で、例えば求人票に記載された内容と雇用契約時の内容が異なる場合に労働者との間で問題となることを懸念されることがあります。こうした際には、実際の雇用条件と異なる説明や、内容をぼかして説明するときがありますが、労働条件の説明義務違反として、責任を問われる場合があります。
裁判例としては、求人情報「Bーing
に記載された求人票を見て応募した者が、「中途採用者も新卒同年次定期採用者と同額の給与を支給する」との内容を信頼して応募し、採用説明会において企業側からも同様の説明を受けた場合の事件がありました。
この際、実際には企業側から説明を受けた条件とは異なり、応募した中途採用者が新卒採用者よりも低い給与基準が適用されたとして、労働条件明示義務に違反し、信義則に反する(労働基準法15条1項違反)ものとして、不法行為による損害賠償責任を負うとされました(日新火災海上保険賃金等請求事件 東京高裁判決平成12年4月19日)。
なお、上記裁判例は、損害賠償として100万円の支払いを認められています。
求人票に対する法律上の規制とは
まず、求人票に記載する労働条件は「労働者の適切な職業選択に資するため、<中略>、当該募集に応じようとする労働者に誤解を生じさせることのないように平易な表現を用いる等その的確な表示に努めなければならない。」(職業安定法42条1項)との努力義務が企業側に求められています。
また、好条件と見せかけるための記載を行うなど、虚偽の労働条件にてハローワークや人材派遣会社に求人票を出した場合には、6月以下の懲役または30万円以下の罰金となる場合があります(職業安定法65条9号)。
またこれら以外にも、景品表示法、特定商取引法、消費者契約法による規制があります。
求人票と異なる労働条件だといわれないために
ここまでご説明してきたとおり、求人票に記載された内容がただちに、応募者の雇用契約上の労働条件とはならないことについてご理解いただけたと思います。
また、せっかく採用をしたのに「求人票の内容と違う」などと労働者から指摘され問題となるような場合は回避したいものです。
このような問題を回避するためにも、そもそも、社内の労働条件がブラックとなっていないか、求人票を出す以前に振り返ってみてはいかがでしょうか。よく耳にするのは、求人票で「残業時間10時間以内」「定時退社を推奨しています。」などの記載があるにも関わらず、実際には残業が45時間を超過する場合です。
人の定着を促すような環境を整えた上で求人票を出す場合は、ここまで説明してきた前提条件である「求人票内容と実際の労働条件が異なる」といった問題を考えなくても良いのではないでしょうか。
まとめ
いかがでしたでしょうか。求人を行おうとする企業の代表者や採用担当者にとって、労働条件をどのように求人票に記載するかは、実際の雇用条件との関係から難しい問題を含むものでしょう。いずれにしても労働条件の求人票への記載は、可能な限り実体に即した内容とする方が良いといえます。
実体に即しつつその評価をよくすることが大切ですね。