長時間労働による上司個人のリスク
1.はじめに
貴方の部下に長時間労働が常態化している人はいませんか?
そのような部下がいた場合に業務量を適切に調整するための具体的な措置をとっていますか?
近年、従業員が過労死した事案において、会社の責任のみならず、「業務量を適切に調整するための具体的な措置」を怠ったとして、上司個人の責任も認めた高裁裁判所裁判例(東京高等裁判所令和3年1月21日判決)がでましたのでご紹介いたします。
2.過労死の基準
一般に過労死の認定基準は、80時間以上の残業を連続して3ヶ月もしくは単月で100時間以上の残業といわれています。
月80時間の残業というのは、週休2日として月間稼働日数を22日で計算すると、1日約3時間30分の残業ですから、例えば9時出社の従業員の場合、21時過ぎまで勤務しているとクリアしてしまう計算になります。
また単月100時間で考えても、上記残業に加えて2日休日出勤があればクリアできてしまう計算になります。
事業所として残業が常態化していると、意外と簡単にクリアしてしまう基準なのです。
ちなみにこれは裁量労働制であっても変わりはありません。裁量労働制も考え方としては、1週間あたり40時間(1日8時間×週5日)の業務量を基準としています。みなし労働時間を1日8時間以上に設定していたとしても、週40時間を超える労働時間については過労死認定基準の基礎となります。
なお、過労死に至らなくても、従業員が長時間の残業により心身の不調が生じた場合は、当然、会社側の安全配慮義務違反が問われることになります。
3.東京高等裁判所令和3年1月21日判決
本判決は、会社の安全配慮義務違反について、会社の取締役Cについても責任を認め、会社と連帯して約1500万円を支払うよう命じるものです。
⑴ まず事案を少し詳しく説明いたします。
取締役Cは、被害者従業員Vの直属の上司でした。具体的には、被害者従業員Vは工場勤務であり、取締役Cは同工場に専務取締役工場長として常駐していたという関係でした。なお、同工場には70名弱の従業員がおり、会社全体では100名弱の従業員がいました。
被害者従業員Vの残業時間は、発症1か月前が約85時間、同2か月前が約111時間、同3か月前が約88時間、同6か月平均で約79時間というものでした。
取締役Cは、被害者従業員の残業時間の集計結果の報告もあり、被害者従業員Vの労働時間が過労死ラインを超過していたことを認識していました。(従業員の労働時間を把握することは会社側の義務ですので、認識していないことをもって責任を免れることは原則としてできません。)
そこで、取締役Cは被害者従業員Vに対して、残業時間を減らすよう注意し他の従業員に業務を代わってもらうよう声がけをしたほか、取締役C自身が被害者従業員Vの業務を週に1,2回ほど手伝うなどしていました。さらに、取締役Cは同工場の会議で各部署のリーダーに対して、従業員の残業時間の多寡に偏りが生じないように調整するよう指示もしていました。また、会社の財政上の理由から実現はしませんでしたが、従業員の増員も検討されていました。
なお、会社は時間外労働時間を1か月80時間までとする三六協定を締結しており、月100時間以上の残業があった従業員については強制的に産業医の指導を受けることとしており、実際に被害者従業員Vも産業医の指導を受けていました。
このような状況のもとで、被害者従業員Vが過労により死亡したという事案です。
⑵ 第一審の横浜地方裁判所は、判決で会社の安全配慮義務違反を認めたものの、取締役Cについては責任を認めませんでした。
しかし、東京高等裁判所は、以下の理由から第一審の判断をひっくり返し、取締役Cの責任を認定しています。
すなわち、東京高等裁判所は、取締役Cが行った上記被害者従業員Vに対する注意や声がけ、取締役C自身による手伝い、各部署のリーダーに対する指示を、「一般的な対応」にとどまるものであり、被害者従業員Vの業務量を適切に調整するための「具体的な措置が講ぜられることはなかった」と評価しているのです。
イメージしやすいように申し上げますと、月80時間以上残業している部下がいる場合、「残業量を減らしなさい」と本人に言ったり、多少の手伝いをしたりするだけでは全く不十分であり、実際に増員をするなどして当該部下の業務量を現実に減らす根本的な対策を講じることまで求められているということができると思います。
ちなみに、
⑶ なお、このような裁判例は他にも大阪地方裁判所堺支部平成15年4月4日判決、神戸地方裁判所尼崎支部平成20年7月29日判決などがあり珍しいものではありません。
本件は従業員被害者側の基礎疾患もあったことから過失相殺が認められたこともあり、死亡事件としては比較的低額な金額となっておりますが、賠償額が数千万円になることも充分にあり得るのであり、企業としては現実のリスクとして認識する必要があります。
そして、上司個人には酷な話とはなりますが、実際に状況を改善できないと、個人として何千万円の賠償請求を受けるリスクがあるということになります。
4.結語
以上のとおり、労務管理は会社のみならず上司個人にとっても大きなリスクとなるものですから、適切な労務管理は必須といえます。適切な労務管理は、事件事故の発生を未然に防止するとともに、万一事件事故が発生してしまったときの会社側のリスクも低減します。
労務問題は事件事故が発生する前の日常的な体制・運用が重要となりますので、ぜひ一度、専門家にご相談されることをお勧めいたします。
当弁護士法人キャストグローバルは、専門家として適切な労務管理を支援することが可能ですので、お気軽にご相談ください。
以上
監修者
弁護人法人キャストグローバル 企業法務担当
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