株式譲渡契約書の契約について弁護士が解説
M&Aの取引手法は「株式譲渡」「事業譲渡」「株式交換」「会社分割」「売却」など、さまざまなものが存在しますが、中小企業のM&Aにおいては実に9割以上が株式譲渡によって取引を行っています。株式譲渡とは、経営者又は親会社が保有している株式を第三者へ譲渡し、会社の経営を継承させる手続きのことです。株式譲渡契約を締結して企業の価値に値する対価を支払い、株主名簿を書き換えると手続き完了となります。
事業承継や経営戦略など会社によって実行する目的は異なりますが、いずれにせよ、ほかのM&Aよりも手続きが簡単かつスピーディーであり、金銭面や労力面から見ても多くのメリットが得られます。包括的な継承となるため、負債や訴訟などを引き継ぐ、資料に記載されていなかった簿外債務が発覚するなど、後継者に多少のデメリットはあるものの、トップや経営者以外に大きく変わる点がなく、従業員や取引先などの関係者に影響を与えることがありません。
実際に株式譲渡を行う場合は「株式譲渡契約書」を取り交わすことになるため、当契約書関連の知識や適切な作成方法について知っておくことが大切です。そこで今回では、欠かせない手続きや具体的な契約方法など、株式譲渡契約書の基礎的な知識について解説します。
もし株式譲渡契約書についてお悩みのことがありましたら、弁護士法人キャストグローバルまでご相談ください。
- 譲渡を受ける株式の種類を事前に確認することが重要
- クロージング日までに行うべき前提条件を確認
- 立場によって表明保証の内容が異なるので確認
- 株式交換を実行するために必要な手続きを契約上の義務として規定する
- 完全子会社となる会社が新株予約権付社債を発行していた場合、債権者保護手続が必要となるので注意
- 金商法、独占禁止法に基づく届け出義務や米国証券法に基づく義務が発生する場合があるので注意
株式譲渡契約書について
株式譲渡契約書とは、株式の売買契約である「株式譲渡契約」を締結する際に取り交わされる書類のことです。書面には、株式譲渡契約で定める株式の移転や対価などについての記載がなされています。この株式譲渡契約書を締結することにより、売主は株式譲渡義務を負い、その対価を受領する権利を得ることができます。一方、買主は株式を受取れる代わりに、その対価の支払い義務が生じます。
なお、株式譲渡契約書を結ぶ前には、譲渡制限株式の有無を確認することが大切です。大規模な会社においては株式譲渡に関して制限を設けず、自由に株式を売買できることが多いです。こうした会社は上場・非上場関係なく、「公開会社」と呼ばれます。
一方、「株式譲渡制限会社(非公開会社)」といって、会社で発行している株式の売買や譲渡に制限を設けているところもあります。株式譲渡制限会社においては株主総会や取締役会にて承認を得る必要があり、仮にこの手続きを怠って株式譲渡を行った場合は契約が無効になってしまいます。
また、株式譲渡契約書は元々印紙税がかかる課税文書でしたが、今は廃止されているため、印紙税は不要です。ただし、例外として株式譲渡契約書に金銭の受領に関する記載がある場合は印紙が必要となります。印紙税について不安がある場合は、税理士に相談することをおすすめします。
株式譲渡契約書の作成は専門家や弁護士に相談の上で依頼するか、自身で作成します。もし個人で作成するのであれば、どのような記載が必要になるのかを事前に把握しておきましょう。株式譲渡契約書に記載すべき情報や規定は、次のとおりです。
1.基本合意の内容
- 株式譲渡を行なう会社の名前や住所
- 株式の種類(普通株式や譲渡制限株式)
- 譲渡対象となる株数
- 譲渡代金
株式譲渡に関わる基本的な事項として、上記のような情報を記載します。
譲渡代金の金額は主に税理士や公認会計士などによる株価算定に基づいて交渉されることが多いですが、売主と買主双方の合意があれば、法律上いくらで譲渡しても問題ありません。したがって、譲渡代金は当事者で協議のうえ決定します。
2.株式譲渡代金の支払い方法と期日
費用の支払い方法や支払期限、振込先口座などを定めます。株券発行会社(会社の定款により株券を発行する会社)から株式譲渡が行なわれる場合には、支払いと同時に株券交付する旨を記載する必要があります。会社法128条第1項では「株券発行会社の株式の譲渡は、当該株式に係る株券を交付しなければ、その効力を生じない。」と定めており、例え当事者間で合意があったとしても株券交付がなければ、その株式譲渡は無効になります。
また、会社法が施行された日(2006年5月1日)以前に設立された会社は、原則として定款または登記事項証明書にて株券を発行しない旨を記載していなければ、株券発行についての規定がなかったとしても株券発行会社として認められます。
なお、株券発行会社か否かによって法律の扱いが異なるため、法令違反とならないよう必ずチェックしましょう。
3.株主名簿の名義書換え
買主は、株主名義を売主から買主に変更して株主の立場を会社や第三者に対抗するために、株主名簿に記載された株主の名義を書換えるよう会社に対して請求する必要があります。
4.表明保証
売主及び買主がそれぞれ相手方に対し、株式譲渡に伴う重要な事実について保証する内容を明示するものです。株式譲渡契約書の中でも最重要項目の1つとして挙げられるため、忘れずに記載しましょう。
5.契約解除に関する事項
売主もしくは買主から契約解除の申し出をする際の取り決めを記載します。
6.損害賠償事項
売主もしくは買主から、損害賠償請求できる条件や方法について定める必要があります。表明保証していた内容が真実と異なっていた場合や、契約違反等のトラブルが発生した際に請求を行う際の取り決めを記載します。
7.競業避止義務について
売主が株式譲渡した会社と同様の事業を始めた場合、買主にとってはライバル会社となることもあり得るため、買主としては、売主に競業避止義務を負わせたいと考えるのが通常でしょう。後の紛争を防ぐためにも、一定期間同種・類似の事業を行なうことを制限する、同じ地域で行うことを禁止するなどの契約条項をいれることをおすすめします。
8.合意管轄について
契約に係ることでトラブルや訴訟等に発展した場合、どこの裁判所で解決を図るかを指定します。
契約に必要な手続きや契約方法と注意点
ここでは、株式譲渡に必要な手続きや契約方法について説明します。なお、無償譲渡のケースでも譲渡代金が無料となるだけで、基本的な流れは同様です。ただし、無償譲渡は贈与と評価される可能性もあるため、税務的な検討が求められることを理解しておきましょう。
1.株式譲渡契約書の作成・契約締結
株式譲渡は、株式の譲渡人である売主と、その譲受人である買主との間の合意を証する書面である、株式譲渡契約を締結します。「株式譲渡契約書とは」で挙げている項目に加えて、株式譲渡実行の前提条件、実行日、契約を解除する際の事項や損害の賠償、競業避止義務等など生じ得るリスク回避をするための事項を設けることが欠かせません。
2.株式譲渡承認請求
上場会社のような公開会社を除いて、多くの会社では、通常株式譲渡の際に株式譲渡の対象となる会社の承認が必要です。株式譲渡承認請求とは、買主が当該会社から株式譲渡の承認を受けるために必要な手続です。書式や手続に明確な決まりはありませんが、会社に対して譲渡承認請求書を提出し、その後承認を得る流れが一般的な方法です。
3.株主総会決議
売主が会社で子会社の株式を譲渡する場合、一定の条件を満たす場合には、株主総会を開催して当該株式譲渡の承認に関する是非を問い、承認が可決に至れば株式譲渡の実行へと進みます。通常は、株式譲渡の実行日前までに、株主総会にて承認決議を得ることが、株式譲渡実行の前提条件となります。
4.株主名簿の名義書換え
株式譲渡の実行の前提条件が充足されたら、買主は売主に譲渡対価を支払い、売主と買主が共に会社に対して株主名簿の名義の書換え請求を行ないます。名義書換えを行なう理由としては、株主の立場を会社・第三者に対抗するため、株主名簿に株主として記載されている必要があるためです。
サンプル雛形の作成方法とポイントをまとめて解説
株式譲渡契約書とは何か、そして株式譲渡契約の方法について解説してきました。ここでは甲という会社が、自社の完全子会社である丙の株式を乙という会社に譲渡するケースにおいて、実際の契約時に用いられる株式譲渡契約書のサンプルひな型(テンプレート)を紹介します。
本ページのひな型を参照する程度で使用するのであれば問題ありませんが、そのまま使わないように注意してください。ダウンロードしたひな型が必ずしも自社に有利な条件、取引の実情にあった内容になっているとは限らず、紛争に発展しやすくなります。
そのため、実際に当該契約書を作成する際は、顧問の弁護士に相談してアドバイスやサポートを受ける、企業法務に強い専門家へ依頼をするなどして、取引に合った内容を記載することが好ましいです。また、株式譲渡契約書が法的に有効であるか、不備がないかを確認するために、必ず弁護士にリーガルチェックを行ってもらいましょう。
ひな型を参考にしながら、契約書作成時のポイントを確認していきましょう。
①株式譲渡の実行に関わる取り決め
株式譲渡契約書には、譲渡代金について一株当たりいくら、総額いくらといった形で明記し、その支払方法も明らかにします。さらに株券発行会社である場合には、支払いと引き換えに株券を交付することも必ず記載しましょう。
②当事者に発生する義務について
株式譲渡契約書には、株式譲渡が行われるまでに当事者がすべきことを詳細に記載します。例えば、売主は子会社の株式を譲渡するに際して、株主総会を開催して契約の承認を得たうえで、総会議事録の写しを買主に交付するなどといった取り決めについてです。
また、株式譲渡が行われる場合には、株主名簿の名義書換えをする必要があります。この場合、株式譲渡契約書にも株主名簿の名義書換えについて記載しなくてはなりません。なお、株券不発行会社の場合、株主名簿の名義書換え請求は売主と買主が共に行わなければならないとされています。
③立場によって変わる表明保証の条項
表明保証の内容については、株式譲渡の目的だけでなく、売主、買主それぞれの立場によっても書き方が変わることがあるのが特徴です。
買主の場合、できるだけ多くの条項を表明保証に盛り込む方が良いとされます。外部協力者として出資する場合や、会社の支配権を取得するM&Aで株式を譲り受ける場合は特に、表明保証の条項を充実させることが重要です。財務内容や会社の経営状況など、売主からの報告が真実かつ正確であることを保証させ、仮に虚偽の報告があった場合には契約解除や損害賠償請求ができるようにしておきましょう。
一方売主としては、表明保証の条項を少なくして無理な保証内容を定めないほうが無難です。虚偽の申告はもちろんいけませんが、意図せず細かな部分に相違が出てしまうようなことがあれば契約違反を問われるリスクが生じるため、できるだけシンプルにしておきたいところです。
④互いの立場を守るための約束について
例えば、互いに表明保証した内容等に虚偽があった場合の契約解除について、互いに相手方に対して損害賠償請求が可能な場合についても、必ず記載しましょう。
また、競業避止義務についても設定する必要があります。株式譲渡により、会社を買い取る際に売主は一定の期間、同業種の事業を行わないとする条項を組み込むことが買主側としては大切です。株式譲渡後に売主が譲渡した会社と同じ事業を始められると、買主は思ったような利益を上げられず、会社にとって大きなマイナスになることがあるためです。
万が一、契約内容に関して裁判トラブルが発生した場合には、どこの裁判所で審理が行われるのか、合意管轄に関する条項も決めておくことが一般的です。