相談事例

勝訴の見込みは高いけど…

  • 知的財産

職業:予備校経営 地域:東京都

事例

依頼者は予備校経営者の方で、講義の際に使用するテキストを相手方が出版する書籍の一部(以下、「使用部分」といいます。)から参考又は使用していました。依頼者の講座は順調に受講生が増え、事業規模が大きくなっていく中で、きちんと相手方に謝罪したいという想いが強くなり、相手方に直接謝罪の連絡をしました。相手方は書籍の利用の有無やその数量を確認したうえで、その利用料を請求してきましたが、依頼者には妥当な金額が判断できないということで、弁護士に弊所に依頼されました。

解決までの道筋

1. どのような権利が問題となるか

今回問題となるのは、依頼者の行為(使用部分を参考又は使用した行為)が、相手方の著作権や他の権利を侵害するのか、という点です。

著作権とは、著作権法上で認められた複数の権利の総称で、本件の争点は、①そもそも、使用部分に著作権があるといえるか、②使用部分に著作権が認められるとして、依頼者の行為が複製権(著作権法第21条)や公衆送信権(同法第23条1項)を侵害するか、③著作権法上の権利を侵害していないとしても、民法上の不法行為(民法第709条)が成立しないか、です。

2. 争点①:「著作物」の意義

まず、争点①について、著作権(同法第17条1項)が発生するためには、著作物(同法第2条1項1号)である必要があり、著作物であるといえるためには、㋐思想又は感情を、㋑創作的に、㋒表現したものであり、㋓文芸等の範囲に属するもの、である必要があります。これらの要件のうち、今回問題となるのは、㋑創作性、です。

「創作性」とは、著作者の個性の表れのことをいいます。

3. 今回の件にあてはめてみると

相手方書籍は資格試験に用いられるものであり、その内容の大部分は当該資格業界で定められている一義的なルールに沿った、正確な表現である必要があるため、その表現の選択の幅は、必然的に狭くならざるを得ません。

そうすると、依頼者の使用部分は、その全てが受験対策用のテキストであれば普通に用いられる表現又はアイディアであって、表現上の創作性は認められないことになります。

また、解説の流れや構成、図表にまとめるといったものも、受験対策用のテキストとして分かりやすくするためのありふれた表現ないしアイディアというべきであって、表現上の創作性を認めることはできません。

そのため、争点①について、使用部分の著作物性は否定されることになります(参考判例:東京地裁平成27年1月30日・小泉司法書士予備校事件)。

4. 争点②:「複製」の意義

複製権における「複製」とは、印刷、写真、録音、録画その他の方法により有形的に再製することをいいます(法2条1項15号前段)。最高裁においても、「複製」の意義について、「既存の著作物に依拠し、その内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製すること」としています(最判昭和53年9月7日・民集32巻6号1145頁参照)。

さらに、「再製」したといえるためには、一般人を基準に著作物の本質的特徴を直接感得できる程度に再現されていることが必要となります(東京高裁平成14年2月18日・雪月花事件)。

本件では、そもそも使用部分に著作物性が認められない以上、使用部分が著作権法上の保護を受けることはありません。そのため、依頼者の行為が「複製」にあたるかどうかを判断するまでもなく、著作権の侵害にはあたらない、ということになるのです。

5. 争点③:民法上の不法行為の成否

不法行為が成立するためには、加害者に故意又は過失による侵害行為があり、被害者に、加害者の行為と因果関係のある損害が生じたこと、が必要となります。

今回の件では、依頼者が開講している講義と、相手方が出版している書籍とでは、資格としては別のものでした。そうすると、仮に依頼者の行為が故意又は過失による侵害行為にあたったとしても、相手方に因果関係のある損害が生じたこと、すなわち、依頼者の開講している講座によって、相手方の書籍の売り上げが落ちたこと、を証明するのは極めて困難であると言わざるを得ません。

不法行為が成立するとの主張・立証は、損害賠償を請求する側、すなわち被害者がしなければならず、今回で言えば相手方になります。

そのため、不法行為も成立せず、依頼者は損害賠償義務を負わない、ということになります。

6. 依頼者のご意向

このように、法的な見解としては依頼者に権利侵害はなく、依頼者は相手方に一銭も支払わなくて良い、ということになります。

しかし、依頼者のご意向としては、①早期に、穏便にこの問題を解決したい、②解決金として一定程度であれば相手方に支払うことは問題ない、というものでした。

7. 交渉・解決へ

依頼者のご意向を前提に、①法的見解としては依頼者に相手方に対する権利侵害はないこと、②依頼者には一貫して相手方に対して真摯に謝罪する意思があること、③一定の解決金を支払うことで、本件を許していただけないか、ということをご提案しました。

結果として、当初相手方が依頼者に請求していた金額の半額以下の金額で、本件を解決に導くことができました。

解決のポイント

今回のケースでは、相手方から提訴されて被告として訴訟に応じた場合、これまでにご紹介した法的見解からして、勝訴できる見込みが高いものでした。

しかし、我々弁護士は(法律や弁護士職務基本規程等に反するものを除けば)依頼者のご意思を最優先に活動します。今回の依頼者は、当初から相手方に対してご自分で連絡されるほど、強い謝罪の意思がありました。相手方は同業他社であり、今後の評判や関係性を考慮すると、法的主張を前面に押し出して争うのは得策ではないと判断されたのかもしれません。また、訴訟となった場合には、弁護士費用も別途必要となるうえ、訴訟中も何かと対応に追われ本業に支障をきたすことは明白であったと思われます。

相談者が問題を真摯に捉え、かつ弊所を信じて交渉を委ねてくださったことが、本件を穏便かつ早期の解決に導いたのではないかと考えます。

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