弁護士コラム
薬物中毒の患者が受診した際、通報すると守秘義務に違反するのか?
医療に携わっていると、患者が覚せい剤などの薬物中毒になっていることを知る機会があるものです。覚せい剤の使用は犯罪ですから、本来は警察や行政機関に報告すべきです。
しかし、医師には守秘義務があるので、通報が守秘義務に反するのではないかと迷いを感じる医師の方も多いです。
今回は、薬物中毒の患者が受診した際に通報することが、医師の守秘義務に違反するのか、解説します。
1.患者が麻薬使用者の場合
医師には守秘義務があります。具体的には、医療を提供する際に知り得た患者の秘密情報を、他に漏洩してはならないというものです。たとえば患者の健康状態や症状、診断内容、予後や治療内容、個人を特定できる情報などを他に漏らすことが禁止されます。
そうだとすると、患者が薬物を使用していることも守秘義務の内容となって、警察や行政機関に通報することが認められないとも思われます。
実は、通報と守秘義務の関係については、薬物の種類によって法律の規定内容が異なります。
2.麻薬、あへん、大麻の場合
まず、患者が麻薬やあへん、大麻などを常用していることが判明した場合、「麻薬及び向精神薬取締法」によって、医師は都道府県知事に対し届出をすべきとされていて、届出を怠ると、罰則が適用される可能性もあります。そこで、患者が麻薬中毒になっていることを知ったら、迷わず都道府県の担当部署に届出を行いましょう。
3.覚せい剤の場合
それでは、患者が覚せい剤を使用していることが判明した場合、医師としてはどのように対応すれば良いのでしょうか?
覚せい剤取締法には、麻薬及び向精神薬取締法と異なり、医師に届出義務は課されていません。
そうだとすると、覚せい剤の場合には守秘義務が優先されて、医師には警察などに通報することが許されないとも考えられます。実際に、過去の医師国家試験においては「覚せい剤取締法違反の場合には通報すべきではない」という趣旨の問題が出されたことがあり、こういった考え方を持っている医師の方もおられます。
しかし実際には、このような解釈は誤っており、法律的には医師が覚せい剤患者について警察に通報することが守秘義務に反しないと考えられています。
このことは、平成17年7月19 日の最高裁判決によって明らかにされています。
この事件では、医師が患者の了承をとらずに尿検査を行い、それを警察に提出しましたが、その被告人の尿が違法収集証拠ではないかが争われ、証拠能力があるかどうかが判定されました。
裁判所は、尿の採取に際して被告人から承諾を得ていなくても、医師の行為は医療行為として違法であるとは言えないし、患者から採取した尿に違法薬物の成分を検出した場合、警察などの捜査機関に通報することは「正当行為」であり、守秘義務に違反しない、と判断しています。
つまり、医師が治療のために尿を採取し、そこに覚せい剤などの違法薬物が含まれている場合には、本人の承諾をとらずに通報しても違法にはならないと考えられているのです。
そこで、覚せい剤中毒の患者が病院に来た場合には、守秘義務のことを気にせずに警察に通報すべき、というのが正しい対応方法となります。
4.麻薬と覚せい剤の取り扱いの違いの理由
麻薬の場合には都道府県への届出義務があるのに、覚せい剤の場合にそういった義務が法律に規定されていないのはどうしてなのでしょうか?
麻薬と覚せい剤の使用目的の違いがその理由です。
麻薬は、痛みの緩和のため、医療用にも利用されることがあります。そこで、麻薬については、薬事行政を管轄する都道府県に届け出ることにして、所持者や使用者への処分を任せるべきとされます。
これに対し覚せい剤には医療用の利用目的はなく、完全な違法薬物です。そこで、覚せい剤の所持や使用者の場合には「犯罪」が成立する可能性が極めて高いので、直接警察への通報が求められるのです。
なお、麻薬の場合には、医師が都道府県の届け出ることが義務であり、届出をしないと罰則が適用される可能性がありますが、覚せい剤の場合に警察に通報することは義務ではないので、通報しなかったとしても医師に罰則が適用されたり行政処分が下されたりすることはありません。
5.医療上の判断で通報しないことも可能
患者が覚せい剤を使用していると気づいたとき、医師は患者を通報しないで治療を続行することができます。
覚せい剤使用患者の状況からして、通報して処罰を求めるよりも治療を優先すべきケースもあるでしょう。そのようなとき、通報すると被疑者として逮捕されてしまい、治療の継続が難しくなってしまいます。そこで、ある程度治療を行って患者の状態が良くなってから、本人の了解を得て警察に報告をするのも1つの対処方法となります。
医師が薬物中毒患者を診察するときには、いろいろと悩みが発生するものです。法的に正しい対応をするためには、弁護士によるサポートを受けることが有用です。