解決・相談事例
医療過誤により慰謝料を請求された事案
今回ご紹介させていただく依頼者様は動物病院の経営者の方です。生き物を扱うご職業である以上、生き死にはどうしても避けられない事態であるとは思われますが、そうだとしても全ての死に対し責任を負わなければならない訳ではありません。
ある日、依頼者様に一通の内容証明郵便が届いたことから、弊所にご相談がありました。その内容は、依頼者様の病院での治療に対し、注意義務違反及び説明義務違反があったことからペットが死亡してしまったとして、ペットの飼主より合計80万円(物損として20万円、慰謝料として50万円、弁護士費用として10万円)を請求するものでした(注:明確な文言はないものの、ペットは法律上「物」として扱われると解釈されています)。
ペットの飼主の主張では、依頼者様の病院には
①注意義務違反
・ペットの症状変化を24時間、常に観察する注意義務がある
・病院の体制として数名でペットの治療にあたる場合には、治療に際し相互に連絡・報告する注意義務がある
②説明義務
・24時間治療体制を執っていないのであれば、24時間体制を執っていないとの説明を飼主に説明する義務がある
の2つの義務があり、本件ではこれらの義務に反する債務不履行があった、と言っているのです。
解決までの道筋
1.注意義務違反があるといえるのか
⑴ 注意義務とは
注意義務というのは、ある行為をするにあたって要求される一定の注意を払うべき法的義務、のことをいいます。
本件でいえば、依頼者様は飼主より預かったペットを治療するに際し、医療行為として必要な注意を払っていたのか、が問われることになります。
ペットの飼主は、このような注意義務の中で、24時間常に観察する注意義務があった、数名で治療する場合には相互に連絡・報告する注意義務があった、と主張しているのです。
⑵ 弊所の回答
弊所では、まずご依頼をお請けした際に詳しい事情を正確にお聴きするため、時間を掛けて丁寧にお打合せをさせていただきます。
本件では、依頼者様とのお打合せの中で、ペットを預かった時点で今すぐに容体が急変するような症状はなかったこと、依頼者様の病院では24時間体制を執っているとの説明や広告をしたことは一切ないし、設備や人員の関係からも24時間体制を執ることは不可能であること、等を聴取しました。
そこで弊所では、上記の事情があるため依頼者様に注意義務違反はないことを相手方に主張していきました。
2.説明義務違反があるといえるのか
⑴ 説明義務とは
医師が患者に求められる説明義務は、一概にこれと明示できるものではありません。
厚生労働省が平成15年に発出した「診療情報の提供等に関する指針の策定について」によれば、医師が患者に説明すべき内容は、①現在の症状及び診断病名、②予後、③処置及び治療の方針、④処方する薬剤名、服用方法、効能及び特に注意を要する副作用、⑤治療方法が複数ある場合には各々の内容とメリット・デメリット、⑥手術方法、執刀者及び助手の氏名、手術の危険性・合併症、手術しない場合の危険性、⑦臨床試験の場合はその旨及び内容等です。しかし、これらを説明すれば常に説明義務を果たしているというわけではなく、その内容はケースバイケースで判断されます。
⑵ 弊所の回答
説明義務違反の有無を検討するにあたり、お打合せの中で、説明や広告をしたことが一切ないことに加え、そもそも飼主側からも24時間体制を執っているのかについて一度も確認されたことはなかった、等の事情を聴取しました。
そこで、これらの事情から依頼者様に説明義務違反は認められない旨、相手方に主張しました。
3.相手方の反応
⑴ 照会書の送付
上記の回答を書面で送付した後、相手方の代理人弁護士より、弊所宛に照会書が届きました。
その中で相手方は、①カルテ以外にも治療内容等について記載した記録は残っているか、②ペットの容体が急変することを予測できなかったという判断に誤診はないか、③飼主とのトラブルを避けるために24時間体制でないことを伝えるべきではなかったか、について依頼者様に回答を求めてきました。
代理人間の交渉において、このような照会書に回答する義務はないため、照会書を黙殺することも可能ではありました。また、そもそも本件の請求は、相手方が依頼者様の義務違反を理由に債務不履行責任に基づく損害賠償を請求するものです。そうすると、裁判では(注意・説明)義務違反の主張・立証責任は全て患者側にあり、当然、証拠も全て患者側で収集して裁判所に提出する義務を負っています(例外的に裁判所が病院側に証拠となる資料の提出を求めるケースもある)。そのため、今回の照会書に回答するということは、患者側にわざわざ裁判で戦うための証拠を提供する行為となるため、なおのこと回答を一切しないことが上策であるように思われます。
しかし、依頼者様のご意向は、患者に対し誠実な対応を心掛けたい、また、記録もきちんと残しているし、誤診もない以上、痛い腹を探られるようなこともないので詳細に回答したい、という方針でした。
そうであるならばと、弊所では(裁判上のリスク等をきちんとご説明したうえで)依頼者様のご意向に沿う形で回答書を作成し、相手方に送付しました。
⑵ 訴訟準備中!?
回答書の送付から2週間程度経ったところで、相手方代理人弁護士より弊所に連絡がありました。
その連絡は、非常に誠意のある回答である旨の感謝を伝えるものである一方、買主の溜飲が下がることはなく、やむを得ず訴訟の準備中である、というものでした。
4.依頼者様とのお打合せ
その後、弊所では前述した相手方代理人からの連絡を依頼者様に報告し、速やかにお打合せをして今後の対応について協議しました。
⑴ 弊所としての方針提案
弊所としては、依頼者様の治療や飼主に対するご説明に何ら落ち度はないと考えており、相手方が訴訟提起の方針であることに驚いていました。
そのため、弊所では依頼者様に、相手が訴訟の方針であるならは応訴したとしても、勝訴の見込みが高いことはお伝えしました。
しかし一方で、確実にこちらの完全勝訴は保証できないこと、また、ある程度長期間相手方からの訴訟に応じなければならず、そのため時間的・精神的にコストを割かなければならないデメリットがあることもお伝えしました。
⑵ 依頼者様のご意向
依頼者様は、ペットに対して適切な治療を施しており、飼主に対しても説明義務に反することなく誠実な対応をしたにもかかわらず、慰謝料の支払を認めることは感情論としては納得できないことを仰っていました。
しかしながら、経営判断として、依頼者様のような患者様からの信頼を前提に成り立っているご職業の場合、レピュテーション(評判)リスクというものは、時として真実よりも重いものになります。依頼者様は、相手方に慰謝料を支払わなければならないデメリットよりも、無用な時間的・精神的コスト、そして風評被害によるデメリットこそ避けなければならないと考え、相手方が減額交渉にも一切応じない場合には請求額を支払う方針で進めて欲しい、とのご意向でした。
4.交渉・解決へ
結局、依頼者様は、相手方が当初より請求してきていた金額である80万円を支払うことで、本件を和解により終結することを選択されました。
本件では、弊所は依頼者様の金銭的な負担を軽減させることはできませんでしたが、このような場合であっても、本件でこれ以上の紛争が蒸し返されることがないよう、慎重に和解条項を作成し、相手方代理人と示談書を取り交わすことで、本件を解決へと導きました。
5.後日談
ちょうど本件が無事解決し委任関係が終了した頃、ペットの医療過誤で高額の損害賠償が認定された裁判例が相次いで出ました(下記ニュース記事参照)。
仮に、依頼者様のケースでは勝訴の見込みが高かったとしても、このようにニュースで報道されてしまうと、無視できないレベルの社会的影響が生じうると考えられます。
結局、依頼者様のご判断は慧眼であったという事例でした。
解決のポイント
参考
〇朝日新聞デジタル記事2021/9/17
「愛犬の死、看取れなかった」 飼い主夫妻が動物病院を提訴
https://www.asahi.com/articles/ASP9K5SYXP9KOIPE00L.html
〇毎日新聞 2021/9/19
記者発 ペットの医療過誤訴訟 賠償額は上昇 「家族」精神的苦痛も加味
https://mainichi.jp/articles/20210919/ddp/041/040/010000c
〇時事ドットコム2021/10/20
ペット医療過誤で高額賠償 府立大病院「初歩ミス複合」―大阪地裁
https://www.jiji.com/jc/article?k=2021102000855