解決・相談事例
従業員と協議して円満退職が実現した事例
依頼者は医療法人の代表者である医師です。従業員(医師)との関係に苦慮して、弊所にご相談に来られました。
相談としては、一言でいえば、従業員を退職させたいという内容です。一般的に会社と従業員との関係ではよくある相談と言えますし、その点は医療法人と普通の会社とで特段変わりはありません。退職してもらいたい理由も、対象者が、他の従業員や患者さんとトラブルを起こし、それを注意しても繰り返してしまう、というこれまたよくある類のものでした。
解決までの道筋
本件では、依頼者側の認識や集めていた証拠を見れば、法的な対応としては懲戒解雇としても無効とはならないだろうと思われました。しかしながら、相手方従業員は精神的に不安定になっており(それ自体も退職を求めたい理由の1つでした。)、依頼者に対して、自死をほのめかす発言をしたり、かと思えば、極端に攻撃的になって感情をぶちまけることもありました。ばっさりと解雇してしまうことは、相手方にとって決して良くない部分もあると言えます。そもそも相手方は、継続雇用を希望していました。一方で依頼者としても、相手方との関係性も考慮して、できる限りソフトな解決を望んでいました。
このようなことから、方向性としては、相手方との協議を行い、退職についての同意を求めることとなりました。依頼者としても、他のスタッフや患者さんとの関係では結論を急ぎたいものの、拙速な進行は希望されていませんでした。
弁護士が介入し、当初は反発もありましたが、話してみると、相手方は自身でもこのまま依頼者と一緒に働くことは困難であるとの理解がある方で、ただそれを受け入れることによる精神的な負担や実際上の不利益を考えると受け入れられないという考えをされていました。そこで、依頼者とも相談の上、退職にあたってのストレスを少しでも軽減することを目的とし、お金の面や退職時期の面等、できる限り相手方の求めに応じる形で交渉を進め、何とか退職合意を取り付けることができました。最終的には、相手方からも、間に入っていただきありがとうございます、という言葉をかけられました。
解決のポイント
法的な対応と関係者の気持ちの調整
法的な対応を考えるとすると、一般的には、従業員の退職(解雇)の案件はかなり慎重に対応すべき問題です。もっとも従業員が辞めたいと思っている場合はそこまで問題になりません。雇用者の側が、従業員に辞めてもらいたいと思っている場合が、主な問題場面です。その大きな理由は、仕事がなくなるということは収入がなくなるということに他ならず、その人及び家族の生活に直結することだからです。言ってみれば、雇用者は従業員の生殺与奪の権限を握っているのです。
そのため、特に解雇の場面では、雇用者側に強い制限がかかります。いわゆる解雇権濫用法理というものです(労働基準法16条)。解雇に理由があることは当然の前提として、その理由が、社会的に至極もっともであると言えなければなりません。たとえば「勤務態度が悪い」と一口に言っても、その内容は様々ですので、より合理的で説得力のある理由が求められます。また、1回注意しても直らなかったというくらいでは足りず、何度も繰り返し改善を求めたけれども変わらなかったという事情の積み重ねが求められることもあります。
合理的な理由に基づかない解雇は、無効となる可能性があります。そうなると、解雇された従業員は、解雇された時点に遡って従業員としての地位を回復し、当然ながら給与等を請求することができます。また、不当解雇を理由として慰謝料等を支払うことになったりすることもあります。場合によっては評判が広まり事業に対する信用が害されることもあるかもしれません。このように、解雇が無効となると、雇用者が受けるデメリットは非常に大きいので、慎重に判断する必要があるのです。
かといって、解雇ではなく退職であれば良いのかと言うとそうではありません。形式的に退職という形をとっていても、雇用者が不当に退職を求めたとして違法な退職勧奨であると評価されると、解雇と同様の扱いとなります。
また、解雇や退職の場面では、法的な対応の検討も重要なのですが、雇用者にとっても従業員にとっても重大事であるからこそ、関係者の感情面の配慮が特に必要となると思っています。それはときに、法的に正しい対応とは異なる対応を求められることにもなります。逆に言えば、法的に正しい対応をしたところで、関係者の納得や気持ちの折り合いが得られない解決は、最善の解決ではないのです。
感想
本件では、弁護士が介入した後も、相手方が、依頼者や他の従業員に対して直接電話やメール等を送り続けていました。依頼者に対しては、弁護士が介入している以上直接対応しないように言いますし、相手方にも当然注意します。しかしそれはあくまでも「ご遠慮ください」とお願いするにとどまりますので、相手方の中には、無視して直接連絡を取る方も一定数おられます。
通常はその場合でも、依頼者の側が連絡を無視すればいいのですが、本件で特殊であったのは、依頼者としても、何か相手方のためにしてあげたいとの思いから、相手方と直接連絡を取り合っていたことです。一応すべて把握はしていたものの、弁護士の立場からすると、正直なところあまり好ましくありません。しかし、依頼者と相手方の関係性から、強くストップをかけることはしませんでした。
相手方が依頼者に強度に依存していたことは明らかでしたが、依頼者もまた、性格的にどんな相手にも真摯に対応する(し過ぎる)タイプと見受けられたので、弁護士が出しゃばらない方がいいところもあるかと思った次第です。レアケースかもしれませんが、弁護士として、たとえ紛争の相手方であっても、依頼者との関係性が既にある場合は、それはそれとして大事にすべきではないかと思っております。弁護士の仕事は紛争を作ることではなくて、紛争を予防し、いざ紛争になってしまった場合にはそれを適切に調整することだからです。今回は、そこを間違えなかったことで、比較的穏やかで早期の解決が実現できたと思います。